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レーナがスウェーデンのストックホルムで生を受けた時、両腕が無く足も満足なのは片方だけで、片足は未発達のままでした。1988年、彼女が20歳の時”GOAL IN SIGHT”「目標に向かって」というレーナ・マリアの30分のドキュメンタリー番組が制作されました。この内容は、89年4月にスウェーデンのシルビア ベルナドッタ女王によって、米国ワシントンDCで開催された障害を持つ人々の国際会議に於いて紹介されました。これが当時のジョージ、バーバラ ブッシュ大統領夫妻の眼にとまり、更に映像の要約が”グッド モーニング アメリカ“により全米に放映されました。スウェーデンでもその週のベストTVショウに選ばれたのです。 レーナ・マリアは僅か3歳で水泳を習い、18歳でスウェーデンナショナルゲームに参加し3個の銀メダルを獲得し、25メートルと50メートルのバタフライでは2つの国家記録保持者ともなりました。 歌唱とスポーツに加えてレーナ・マリアは90年以来「マウスアンドフット」による絵画の奨学生となり、水彩画、アクリル画及び油絵を描いています。また、96年秋にはレーナ・マリア自身による伝記「フットノート」を出版しました。このように、レーナ・マリアは様々な活動を通して人間の尊厳、独自性の認識及び生活の質について語り続けています。 レーナ・マリアは、ジャズ、ソウル、ポップの強い影響を受けたゴスペルを歌います。彼女は、モスクワ、ラトビア、ベラルーシュ、ドイツ、スイス、リヒテンシュタイン、アメリカ、香港、タイ、シンガポール、マレーシア、台湾など世界各国でコンサートを開催してきました。しかし彼女を最も有名にしたのは日本での公演です。TV,ラジオ及び他のメディアで彼女は日本の人々を魅了し、特に98年の長野パラリンピックゲームの開会式での歌唱は大きな感動を呼びました。 レーナ・マリアはスウェーデンで発売している7枚を含め、合計14枚のCDをリリースしています。これらのCDの楽曲のレパートリーは様々で、中にはレーナ・マリア自身の作曲によるものも含まれています。1999年から2003年にかけて日本のユニバーサルミュージックが5枚のCD「ハートフィルド」「 インユアデライト」及びミニクリスマスCD「シーズンオブジョイ」「エヴリリトルノート」と「アメージング グレイス」をリリースしています。今回のコンサートで、レーナ・マリアは日本の歌を歌うことをとても楽しみにしており、このコンサートから素晴らしいライブ盤が生まれることを、私たちは期待しています。 彼女は世界の何処でも、常に笑みを絶やしません。その歌と語りに神が与えた素晴らしいチャレンジを受けて、人々の心に忘れ得ない感動を与え続ける存在。それがレーナ・マリアです。 |
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スウェーデン出身。34歳。子供の頃、鍵盤に手が届くようになるや否やピアノを弾き始める。 |
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神戸市出身。祖先のルーツは与論島。 幼少のころから音楽に興味を持ち、歌うことが自分のあり方だと信じてやまない。低音から高音まで広音域のVOCAL が特徴。2005年にファーストCD を沖縄からリリース。2007年以降、神戸を中心にTV、RADIO、EVENT、祭り、チャリティーライブと、セルフプロモーションで幅広い音楽活動を開始し、神戸では夜曲集coverアルバム「夜曲美学」をリリース。2008年はサンテレビの震災特別番組に生出演。 2008年7月より各地で上映されるドキュメンタリー映画「魂のウタ 〜荒木栄の歌が聞こえる〜」のナビゲーター役に抜擢され、主題歌「魂のウタ」を歌う。また、沖縄と神戸の交流ライブ「いちゃりば超DAY'S」を自らプロデュース。音楽を通じて、神戸と沖縄の架け橋となることを目指している。 |
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16歳からギターを始めクラシックを経てベンチャーズに没頭した後、アメリカンミュージックを広く勉強して独学でギターの腕を磨く。大学時代にカントリー・ミュージックと出会いすっかり虜になり正調派カントリーを勉強。 70年代の学園紛争を機会にギター一本で渡米し、約一年半各地で多くのバンドとのセッション経験を積む。一時帰国後再びアメリカへ渡りそのまま永住。以後アメリカ中を転々とし数多くのバンド経験を積み現在はアリゾナ州北部の小さな町ペイソンに落ち着き正調派カントリーバンド「ジャンクション87」を結成して音楽生活に励んでいる。 |
「レーナ・マリア・コンサート事務局」
〒658-0032 神戸市東灘区向洋町中6-9
神戸ファッションマート6E-13(プロップ・ステーション内)
【電話】(078)845-2263