第54回薬剤学懇談会研究討論会

招待講演・イブニングレクチャー

特別講演

「がん免疫治療におけるパラダイムシフト」
垣見 和宏 (東京大学医学部附属病院 免疫細胞治療学 教授)
抗腫瘍免疫応答の重要性は古くから認識されており、1980年代後半には腫瘍浸潤リンパ球(TIL)療法が一定の治療効果を示していた。しかしながら、当時がん免疫治療は、メラノーマなどの一部の腫瘍に対してのみ有効な治療であるという認識であった。免疫チェックポイント阻害薬が肺がんなどの固形がんに対しても有効性を示したことにより、生体の抗腫瘍免疫応答の力が再認識され、多くの臨床医ががん免疫治療に注目するきっかけになった。これによりがん免疫治療は飛躍的に進歩しており、@コンセプト:アクセルからブレーキ解除へ、Aアプローチ:画一的から時間・空間的な最適化へ、Bデータソース:免疫染色など限られた情報から網羅的遺伝子解析データへ、Cターゲット:共通抗原から固有抗原(ネオアンチゲン)へ、Dフォーカス:がん細胞・T細胞そのものからがん微小環境・全身へ、という5つのパラダイムシフトを迎えた。患者ごとに最適ながん免疫治療を提供するためには、がん免疫応答というダイナミックな生体反応を評価することが重要であり、オープンシステムサイエンスに基づいたがん免疫研究と治療法の開発が求められている。
「IoT時代のナノメディシン」
川合 知二 (大阪大学 産業科学研究所 教授)
すべてのものがインターネットでつながるIoT時代が到来している。IoTはセンサなどの”もの”(物理空間)が”情報通信・処理”(サイバー空間)と一体化した世界であるが、そこで使われるセンサ・アクチュエーターなど情報検知・処理部品は急速に小型化している。人の体は、きわめて微小なナノスケールの部品が巧妙につながり、情報をやり取りする精密機械である。 “ナノメディシン”はナノテクノロジーの生体応用を目指す標語だが、実際、体の各機能をナノ部品化して組み込んでいく研究は活発化している。本講演では、@体の人工部品化、特に人工ナノ部品の取り込みに向けて、A体の基本情報であるDNAのシークエンス技術の発達、Bそれに基づくナノ医療応用、Cそこで使われるセンサ・デバイス、Dより小さく分子モーター・分子機械へ、Eそして、世の中はIoTからナノIoT(IonT)へ、などについて、現状と今後の展望を述べる。

イブニングレクチャー

「最近の薬事行政の動向と京都大学在籍47年」
橋田  充 (京都大学高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)  特定拠点教授)
医療の急激な発展を背景に、近年抗体医薬あるいは抗体−薬物結合体などの新しいカテゴリーに属する医薬品、コンピュータ技術などを駆使した医療機器、あるいは新しい医療概念に基づく再生医療等製品などが製造販売承認を受けている。また、日本学術会議は“レギュラトリーサイエンス”を従来の規制科学の枠にとどまらず「科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学」と普遍化して、これを薬学のアイデンティティーと求心力の核にすることにより薬学研究を再構築・推進することを提案した。薬学が拠って立つ薬物治療においては、薬物投与の方法論、技術がその進歩を支える基盤と位置付けられ、薬剤学がその学術体系の構築を担う学問領域とされる。私は大学入学以来47年、うち44年は薬剤学の研究と薬事行政などにおける実践に携わってきた。本機会では、医療の進歩と歩を並べて展開された薬剤学研究の歴史を振り返り、医療イノベーション或いは創薬研究における薬剤学の役割を考えてみたい。

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