第54回薬剤学懇談会研究討論会

招待講演・イブニングレクチャー

依頼講演

「家族性高コレステロール血症をターゲットとした核酸医薬の開発」
斯波 真理子
 (国立循環器病研究センター研究所 病態代謝部長)
家族性高コレステロール血症(FH)は、高LDLコレステロール血症(LDL-C)、皮膚および黄色腫、早発性冠動脈疾患を主徴とする遺伝病である。これまで、スタチンを初めとする薬剤が開発され、臨床において用いられているが、十分にLDL-Cを低下できているとは言えない。近年、FHの原因遺伝子として同定され、LDL受容体の分解活性を持つPCSK9がFHに対する薬剤標的として、注目されている。 我々は、FHヘテロ接合体に対して、PCSK9をターゲットとしたアンチセンス医薬の開発を行っている。アンチセンス法を用いる場合、細胞内での遺伝子発現を阻害するため、動脈硬化症の発症が極めて低いPCSK9機能喪失型変異と同じ状況を作り出すことができる利点がある。我々は、糖部架橋型人工核酸2’,4’-BNA搭載PCSK9アンチセンスを作製した。マウスを用いてPOC確立の後、ヒトPCSK9に対する配列をCEM法を用いて最適化した。カニクイザルを用いた治療実験を行い、LDL-C値は24日間、最大で60%の低下を認め、血中PCSK9タンパク濃度も、80%の低下を認めた。GalNAc搭載により、30倍程度活性上げることに成功した。
「医薬品開発に向けたアカデミアからの挑戦
 〜大学発ベンチャーが飛躍する仕組み〜」
井上 浄
(株式会社リバネス 取締役副社長CTO、
 慶應義塾大学先端生命科学研究所 特任准教授)
 
大学院在学中に理工系大学生・大学院生のみでリバネスを設立し、博士過程を修了後、北里大学理学部ならびに京都大学大学院医学研究科のスタッフを経て、現在はリバネスと慶應義塾大学特任准教授を兼務しながら研究開発ならびに大学・研究機関との共同研究事業の立ち上げや研究所設立の支援等を積極的に行っています。言葉にすると簡単ですが、大学と企業の両立は容易ではありません。本講演では、大学の研究者でありながら起業し、ベンチャー企業を経営しながら研究開発を行う自身の活動と経験、そして現在サポートする大学発研究開発型ベンチャー企業の紹介を通して、彼らと描く研究の未来とそれに向けた挑戦についてご紹介します。そしてチャレンジングな研究者の「核(コア)」に迫りたいと思います。
「病院内の医薬分業と求められる製剤 〜信頼される医療チームの一員として〜」
崔  吉道
 (金沢大学附属病院 教授・病院長補佐・薬剤部長)
近年、点滴製剤への病院内での異物混入や高額なC型肝炎治療薬の偽造品の国内流通など医薬品や医療の信頼を揺るがす事件の報道が相次いでいます。また、特定機能病院においては「大学附属病院等の医療安全確保に関するタスクフォース等を踏まえた特定機能病院の承認要件の見直しについて」等を踏まえて、昨年6月10日の医療法施行規則の一部を改正する厚生省令で、高難度医療や未承認等医薬品を用いた医療の安全性と有効性を担保する仕組みの構築が必須となりました。その中で、薬剤師(薬剤学の専門家)としての視点は、今までにも増して大変重要になっています。超高齢化が行き着く2025年以降の医療が持続可能なものであるために、薬剤学・製剤学にどのような貢献が求められているのかを一緒に考えたいと思います。
「グローバル製薬産業の将来像と国内産業の現状および問題点について」
三島  茂
(ファーマセット・リサーチ株式会社 代表取締役)
医療用医薬品の2016年世界売上トップ50品目を見ると、抗体医薬を中心にバイオ医薬品が急増して品目数でほぼ半分をしめるようになりました。一方で、多数の競合品によってニーズが充足されている大市場では低分子医薬品が相次ぐ特許切れも影響して激減しています。低分子医薬品であっても、癌やC型肝炎といったアンメット・ニーズに対する治療薬は増加しました。脱落したのは主に高血圧治療薬、コレステロール低下剤、抗潰瘍剤、抗うつ剤、抗菌剤などです。 ファーマセット・リサーチではさらに、主要な300品目を治療分野ごとに集計し、分析しています。2016年に一番大きく拡大したのは抗リウマチ薬ヒュミラに代表される自己免疫疾患領域でした。また、過去6年間に激減していた循環代謝系疾患の市場がわずかですが増加に転じています。今後を展望する上で示唆に富む変化でした。2021年までの5年間は、PD-1関連製品など腫瘍免疫療法を中心に抗がん剤市場が急伸し、市場全体に占める比率は21%から32%へと拡大する見通しです。世界の変化に10年近く遅れてきた日本市場では特に大きな影響が予想されます。
「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)に用いるホウ素化合物の研究開発 −歩みから展望まで− 」
切畑 光統
(大阪府立大学BNCT研究センター ホウ素薬剤化学研究室 教授)
ホウ素中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy:BNCT)は、がん細胞に集積させた10B-ホウ素に、低エネルギーの熱中性子線を体外から照射して、この時に発生する飛程の短いアルファ粒子やリチウムや反跳核(7Li)等により、10B-ホウ素が集積したがん細胞のみを破壊に導く“がん細胞選択的”治療法である。1936年、G.L. Locher (米国)により提唱されたこのBNCTの原理は、その後、日本の研究者によって進展し、非侵襲な次世代のがん治療法の一つとして人々の期待と注目を集めるようになった。2009年には、これまでの中性子発生源であった原子炉に替る世界初のBNCT用小型加速器が京都大学に設置され、加速器BNCTによる新たな時代を迎えている。しかし、BNCTには学術的、技術的に未解決な幾つかの課題が残されており、さらなる革新を必要としている。 BNCTの中核要素であるホウ素薬剤開発に関しては、これまでに多くの候補化合物が報告され、多面的で複合的な開発研究が行われてきたが、現在のところ、臨床に実用されているホウ素薬剤は2剤に止まり、より効果的なホウ素薬剤の開発が強く求められている。 本講演では、10B-ホウ素薬剤に焦点をあて、ホウ素薬剤との関連からBNCTの原理、歩みを概説するとともに、著者らの最近の研究を紹介しBNCTの動向、将来展望について解説する。
「霊長類モデルを用いた運動系機能評価と神経疾患研究」
関 和彦
(国立精神・神経医療研究センター 神経研究所
 モデル動物開発研究部 部長)
中枢神経系疾患に対する新規治療法開発における大きなハードルが動物実験からヒト臨床試験への移行(translation)である。これまで多くの前臨床試験はラットやマウスなどの齧歯類を用いて行われてきた。齧歯類は小型で繁殖効率がよく、遺伝子改変技術により作出された動物を容易にライン化できるため一般的には優れたモデル動物である。しかし、齧歯類の脳の構造や機能は解剖学的・生理学的観点からヒトと大きく異なる。従って、中枢神経系を対象とした細胞治療のモデル動物としては最適とは言い難く、そのため動物実験での実験結果がヒト臨床で制限されないリスクがあり、実際に失敗した臨床試験の数多い。近年、急速に開発されているES・iPS細胞技術など革新的な技術をヒト疾患の治療に発展させるため、適切な動物モデルの必要性は過去にないほど高まっている。このような背景から、我々はヒトの精神・神経疾患のモデルとなる霊長類の開発を行ってきた。特に、運動麻痺や運動失調の症状を呈する脳梗塞モデル及び脊髄小脳変性症モデルの開発を進めている。本シンポジウムでは、このプロジェクトにおける現在までの研究成果を紹介し、創薬研究における霊長類モデルの有用性について議論したい。
「製剤設計における種差の問題 」
菊池  寛
(エーザイ株式会社 筑波研究所 エグゼクティブディレクター)
DDS(Drug Delivery System)製剤(製剤工夫した特殊製剤も含む)の処方設計・スクリーニングや最終製剤の体内動態・有効性・安全性の確認のために、我々は種々のin vivo動物実験を実施している。しかしながら、実際にDDS製剤をヒトに投与してみると動物とは全く異なる結果をしばしば経験する。 薬物水溶液の場合には、種差の問題は代謝の差も含めてある程度体系化されていると思われるが、製剤の場合にはそれほど単純ではない。またアカデミアでは、製剤投与後の種差の問題にまで踏み込むことは稀であるため研究論文数も少なく、また企業では興味深いデータを取得しても、さまざまな背景により、それを公表しにくい問題があった。 我々は日本薬剤学会の支援を受ける形で「製剤設計における種差の問題検討会(略称:製剤種差検討会)」を昨年起ち上げた。現在、参加登録団体(国内企業・大学等)の数は36に達しており、年3回の事例報告会(各団体から紹介された事例や事前に寄せられた質問を題材に、皆で議論する形式)を中心とした活動を開始し、毎回活発な討論を行っている。 海外では類を見ない活動(各団体の事例報告とその共有;基本的にはwin-winの形)であり、オールジャパンでの創剤に貢献できるような今後の展開が期待される。

© Forum for Pharmaceutical Technology Innovation All Rights Reserved.